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大腸内視鏡検査見聞録 2007.08.13

 今日は朝の6時半に義弟の電話で起こされました。ちょうど7時には起きなくてはならなかったので、おかげで本日の予定を30分前倒しで実施できました。本日の予定とは、7時に下剤シロップを飲み、8時から約3時間かけて水に溶かした1.8リットルの下剤液(スポーツドリンク風味)を飲み続けることです。合わせて、トイレに通い、便が透明な水だけになるのを待ち続けるという作業もあります。

 これらの予定を30分前倒しでやることが、時間内に腸をきれいにするにはベターだと考え実施しました。結果は予想どおりで、正午までに8回トイレに行き、腸はきれいになりました。14時に長男に付き添われて病院へ行きました。検査は15時からの予約だったのですが、15時40分に検査は始まり終わるまでに約30分かかりました。

 ここまではただの体験談です。ここからは、皆さんが大腸内視鏡検査を受ける際に必要と思われる情報をお届けします。私の場合と異なり、病院で下剤の服用をさせるところもあるようです。早朝から病院へ行く羽目になったとしても、患者にとってはその方が安心かつ親切です。大腸がきれいになると、鎮痛・不安除去効果を狙って麻酔を注射しますが、私は、検査後に30分も寝かされるのがイヤで断りました。検査の痛みがどの程度かという興味もありましたが、あまりの激痛に後悔しました。

 検査台に、まず左向きに寝かされ、内視鏡が挿入されると、ガスを注入して大腸を拡げながら洗浄を続け、やがて仰向けにされ、最後は右向きにされました。内視鏡はこの時点で盲腸まで達しています。腸が膨らみ内視鏡が腸の壁面に振れるので鈍痛やら疝痛やらが交互に襲ってきて顔面は大忙しの状態でもあります。
 実は、この時点で医者の力量がわかります。まず、体位を入れ替えさせるのは技能に問題ありです。名医は患者の体位を変えずに挿入を完了させます。この点はみなさんが医者を選ぶときの重要なポイントになります。必ず体験者にこの点を確認してください。でも、名医は少ないらしいです・・・。

 次に、痛みとは関係がありませんが、私の場合モニタを見せながらの説明がありませんでした。ポリープも発見されたので切除して生体検査に回したのですが、その際にもモニタを見せてくれませんでした。患者の立場から医療をしているのか否かは、医療事故の危険性とも密接に関連していますので、みなさん、この点もぜひご注意ください。


 最後に、帰宅してからも安心してはいけません。痛みが続いたり、再発したら必ず病院へ行ってください。大腸内視鏡検査は、検査が原因で大事に至るケースが多い検査なのです。
 私は痛みが続いていますが、軽快してきているのでもう少し様子を見ています。医者の見立てでは過敏性腸症候群ということなので、そのせいかもしれません。大腸検査は痛いですが、医者を選ぶ努力をすれば軽減できることです。大腸ガンは増えています。牛肉をよく食べる方は要注意です。

 次回、検査をしてもらうときには、全身麻酔にしてもらいます。激痛だから?違います。検査台の上で病歴や症状を説明したり質問したりと、どうやら私のお喋りが検査の邪魔だったようなのです。反省・・・。


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