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アレルギーとの闘い 2006.09.10

毎週アレルギー性鼻炎に悩まされています。毎週日曜日に欠かさずプールで泳いでいるのが原因です。プールの水が過敏になっている鼻の粘膜を刺激するので、火曜日まで、くしゃみ、鼻水、鼻づまり、頭痛に苦しんでいます。


アレルギーとは、 体内に入ってきた異物を排除しようとして過剰に反応することです。人は、体にないものが外から入ってくると、それを異物と感じて排除する抗体を作ります。そして再度同じ異物が体内に入ってくると、抗体がそれを排除しようとします。この異物がウイルスや細菌の場合、病気から体を守るので免疫作用として働くのですが、異物が花粉やホコリ等で無害の場合にも、抗体がこれを排除しようとする場合があります。これが体に悪影響を与える場合をアレルギーというのです。


アレルギー性鼻炎の場合、異物が鼻の内側を覆う粘膜に付着すると、粘膜にある肥満細胞などからヒスタミンとロイコトリエンなどの化学伝達物質が放出されます。するとヒスタミンは鼻の粘膜にある知覚神経を刺激します。この刺激がくしゃみ中枢に達し、呼吸器筋に働いてくしゃみ が連発するというわけです。
放出されたヒスタミンが知覚神経を刺激すると、その刺激は分泌中枢に達し、分泌腺に働いて、大量の鼻水が出て止まらなくなります。さらに、ヒスタミンは鼻の粘膜にある血管にも直接作用して、血管の拡張や循環障害を引き起こします。その結果、鼻の粘膜が腫れてむくみ、鼻づまりが起こるわけです。
また、肥満細胞からヒスタミンと一緒に放出されるロイコトリエンという化学伝達物質は直接、分泌腺や血管を刺激して鼻水を分泌させたり、粘膜のむくみによる鼻づまりを引き起こします。ヒスタミンに比べると作用は弱いのですが、持続性があるため、これらの症状が一度起こると長引くのです。

治療は、体の反応力を弱める薬等の服用が一般的なようですが、私の治療法は、アレルギー源である異物を体内に取り込んで徹底的に闘うことです。いわゆる逆療法といわれるものです。
のどがかれてもくしゃみは続き、腹筋が痛くてもくしゃみは続きます。鼻が詰まると寝苦しいだけでなく、それだけで耐え難いストレスを生みます。しかし、程度の差こそあれ人はその苦痛に慣れます。コツは気にしないようにすることです。自分が苦痛と闘っていると意識しないことです。何かに集中して気を紛らわすことです。そうすれば、不幸にKOされない自分を確立することができます。でも、私はそろそろ病院に行って薬の力を借りないと、アレルギーに肉体がKOされそうです。

闘病生活は、多くのことを私たちに教えてくれます。私達は、まるで人生の学校に通う学生のようです。多くの単位を集中して取れるので、人生を悟ったかのような錯覚を覚えることもあるくらいです。幸せと不幸は、常にセットで私達を訪れています。不幸の隣にいる幸せを見出せる人が、最も幸せな人生を送れる人だと思います。マイナスの感情にもがきながらも光明を見失わない人だけが、強くなれるのだと思います。


薬も飲まずにアレルギーと闘う人だけが、見なくてもいいバカを見ると良妻が申しております。余談ですが、テレビで左利きに天才が多いと申しておりました。私は、バカと紙一重の左利きです。寝よ。


「ドクターQ&A」サイトを参考にしました



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