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孤独の風

皆さん、思い描ける理想の人生に自分の身を置いていると仮定してください。富も名誉も健康も愛情も不満の欠片すら無い状態だと思ってみてください。そんな幸せの絶頂を満喫しているあなたでも得られないもの、解決できない不幸?が実はあるのです。それは何でしょう?先を急ぐのでいきなり結論ですが、それは孤独の解消です。議論が拡散しないために、孤独の定義をしておきましょうね。孤独とは、「頼りになる人や心の通じあう人がなく、ひとりぼっちで、さびしい・こと(さま)」と三省堂の辞書にありますので、これでいきます。 私たちは常に孤独な世界で人生の大半を生きています。自分の将来や自分の喜怒哀楽と向き合うとき、誰も入り込めない世界で人は孤軍奮闘しています。理解を得るために、助けを得るために、頼れる人や心が通じ合える理解者を得たとしても、孤軍奮闘の世界が消えるわけではありません。その世界が小さくなったと思うことはあるかもしれませんが、理解や助けを得るための活動は継続しなくてはなりません。恋愛関係を含む人間関係で良好な関係を継続するためには、努力が常に不可欠ですからね。 勘の良い方は、不幸だと感じるレベルの孤独が通常使われている孤独で、ここで議論されている孤独は個体として存在する人類共通の孤独だと思われた方もいらっしゃるかもしれません。そのとおりです。だからこそ、不幸を感じる孤独から人は逃れることはできないのです。人は生来孤独な一生を送るしかない生命体なので、不幸な孤独も生きている限り続くものだと自覚することが大事です。 でも、幸いなことに?多くの人は自分だけが孤独だと思っています。そして、孤独から逃れる術を求めて試行錯誤しています。あるいは、孤独から逃れることを諦めています。しかし、あなたが誰もが孤独なのだという認識からこの問題の解決に当たると、あなたの行動や価値観はガラリと変わります。誰かに頼られ、誰かを理解できることが孤独だけではない自分を発見できる唯一の方法だからです。 自分を救いたければ他人を救うことです。孤独感が強ければ強いほど、自分が誰よりも不幸だという自覚が強ければ強いほど、くどいようですが、誰かに頼られる、誰かを理解する努力に全力投球することです。自分の孤独や不幸と対峙しても何も解決しないと知っているなら、私に騙されたとしても時間の無駄にはならないはずです。自分に絶望して死を望んでい...

生きているだけで幸せですよ、ほんとはね

でも、多くの人にこの真実が伝えられない私です。説明能力の無さに自己嫌悪ですが、YouTubeで見つけました。生きているだけで幸せだと思える映像を。 両親へ、育ててくれてありがとう 妻へ、家族になってくれてありがとう 子供達へ、生まれてきてくれてありがとう みなさんへ、ご厚情をいただきありがとう これらのありがとうに、どうお返しをすればいいものかと考えるだけで精一杯で、みなさんに対する不平や不満の芽生えるスペースが私の心にありません。ありがとうを言わせてもらえるみなさんと、今をご一緒できるだけで幸せです。いましばらくお付き合いいただければまさに望外の喜びです。 明治安田生命CM 「たったひとつの たからもの」篇 涙もろいので、もちろん泣きながら観てます。  

天敵・愛娘バイトを始める

高校に進学することはあるまいと思っていた愛娘が高校に進学し、4割近い登校率に驚いたのも束の間、今度はバイトを始めたのでびっくり仰天です。行動から子供の内面を容易に推測できることが自慢だっただけに、娘には自信を砕かれっぱなしです。登校率が上がったのは、彼氏と長電話したさにかみさんのPHSを夜通し借りるため、バイトを始めたのは3日で発信できなくなる携帯電話を常時発信できるようにすることと県外に住む彼氏に会いに行くためです。まさに、典型的な娘の思考パターンです。 娘のバイト先はスーパーなので立ち仕事が多いようです。帰宅すると腰が痛いと言っては私にマッサージをさせていますが、この機会に是非生きることの本質を学んで欲しいと思っています。「で、生きることの本質ってなあに?」と娘ならすかさず質問を浴びせてくるでしょうから、皆さんも一緒に考えてみてください。ここからは娘が理解できるレベルの説明をしていますので、皆さん、不正確でも怒らないでくださいね。 さて、生きることで、私たちに共通していることは何でしょうか?生まれて、食事をして、死ぬことですね。生まれたことが生きるスタートライン、始まりであり、死ぬことが生きることのゴール、終わりです。食事は、大人になるために摂り、家族を養うためにに摂り、これといった目的が無くても摂ります。毎日お腹は空きますからね。ですから、死ぬまでに最も多くすることは、毎日の食事を得るために、自分や家族を養うこと、そのために汗水垂らして働くことなんです。 養うこととは、自分や家族や地域の人々の生活を助けてやることです。娘は、今自分を助けるために働いていますが、やがて母親になれば子供を助けるために育児や家事をしなければなりませんし、人生の後半は年老いた私の面倒を見ているかもしれません。バイト先も人間関係、育児も人間関係、私の介護も人間関係ですから、今回のバイトは人間関係のあり方、手法を娘が学ぶいい機会なのです。 仕事のやり方や育児の仕方や介護の仕方は勉強すれば学べますが、人間関係は自分の感情をコントロールできないといつまでたっても学べません。だから、人間関係がうまくいかないからという理由で仕事や育児や介護を放棄しないことが大事なのです。 人間関係をマスターするコツはひとつしかありません。相手の気持ちを考え、自分が相手の立場に立たされたらどうしてもらいたいだろうか...

ヒアルロン酸の両膝関節内注射

5月下旬に両膝の半月板損傷による手術を受けてから2ヶ月が経過しました。6月の中旬まで自宅で療養をしながらリハビリのために通院を続けていましたが、6月の末からは日曜日毎に両膝へのヒアルロン酸注射が始まりました。元々変形性膝関節症を患っているので、今後も定期的に注射が必要になりそうです。完治する病気ではありませんので仕方がありません。 変形性ひざ関節症は、加齢とともにひざ関節の関節液(関節の周囲を満たす液体)のヒアルロン酸の濃度が低下することから起こります。それで、ひざ関節にヒアルロン酸を注射して、関節液のヒアルロン酸濃度を高める治療をしているわけです。治療はどの程度痛みが軽減されるかを見ながら進められるようなのですが、主治医は注射をするだけで問診がありません。1週間に1回、5週連続して注射し、痛みが治まればそこで治療を終了する予定です。痛みが続く場合は、その後2~4週間ごとに1回の割合で注射を行うとのことですが、痛みはありませんので5回で終われると思います。一般的にも、治療開始から2~3週間後には炎症が治まり始めるそうです。 軟骨の摩滅を防ぎ、関節の動きを良くし、痛みを取るヒアルロン酸注射ですが、運動を日常的に行わないと逆効果です。痛みがあるときだけ安静にし、痛みがなければ普通にあらゆる運動をしていいそうです。首、背中、腰が痛いので、注射治療が終わったら水泳を再開する予定です。 五十肩などのあらゆる関節症に有効なので、ヒアルロン酸は覚えておいてください。女性の方には美容に最もよく使われる成分としてお馴染みのようです。膝への注射は痛いということでも有名らしいのですが、私は普通に我慢できています。筋肉注射の方が痛いくらいです。課員は私のことをマゾと言いますので、もしかするととても痛い注射なのかも知れません。 ヒアルロン酸 関係のアマゾン情報

入院・手術初体験

 左膝の鈍痛が3月末の仕事を切っ掛けに激痛に変わり、足を引き摺って歩くこと1ヶ月半。痛みが右足や腰に拡がり、仕事は益々忙しくなることが決定したため、急遽整形外科へ。MRIを撮ると両膝とも半月板が損傷しているとのこと。しかも、痛みの軽い右足が重傷との診断。極めつけは手術が必要との宣告。損傷している半月板の整形(一部切除)をしないとヒアルロン酸を注入する治療をしても効果が期待できないというのがその理由。すでに変形性膝関節症を両膝とも患っているため、半月板の損傷は今後も避けられず、遅かれ早かれ手術になるのは明白と医師の説明を聞いている間に判断。ということで、早計にも手術を5月の20日に決意しました。  仕事の合間を縫って入院前検査を受けに総合病院へ行ったのが5月23日(金)。全国的にも珍しく大きな病院と周囲の診療所の連携がうまくいっている地域なので、診療所で手術を決めて、実際の手術は施設の整った大きな総合病院で受ける方式になっているのです。執刀は診療所の先生です。これって、病院関係者の方でしたらかなり驚かれる話なのですが。医療って結構保守的なのですよ、皆さん。  5月28日(水)正午に入院し、仕事関係の専門書を読んで過ごしました。前日も夜まで仕事をしていましたので、手術をする不安を感じる暇がありませんでしたが、入院した夜もベッドが合わずに腰が痛み、おかげで不安を忘れて過ごせました。今回の入院で一番辛かったのは腰痛でした。ほとんど寝ていない状態で手術の朝を迎えました。  さて、夜中の零時から絶食絶飲となり、29日の10時15分に手術室へ入りました。手術着に着替え(ジーンズのように分厚く頑丈そうな生地でした)、手術台に横になり、点滴チューブから注射をされて看護士に「血管が痛くないですか」と聞かれ、「どうして血管が痛くなるんだろう」と思ったところまでは覚えています。その間約10分弱でした。起こされたのは手術からほぼ2時間後で、麻酔担当の医師が私に声を掛けていました。覚醒の具合を見ながら少しずつ目を覚まさせていたのだと思います。「・・さん、お詳しいですね」という麻酔担当医師の言葉が続いたので、私は自分が記憶しているその前から会話を交わしていたことになります。その後聞く機会もなかったので、私が何を喋っていたのかは不明のままです。「奥さんをお呼びしましょうか」という言葉に、「心配して...

失うことも幸せなことです

 人は幸せを求めて生きています。一方、死に直面した人にとっては、今日も生きているというそのこと自体が幸せです。生きているだけで幸せな人と幸せではない人がいるのです。どちらが正解なのでしょう。どちらも正解なのでしょうか?いいえ、生きているだけで幸せというのが正解です。幸せは気づくものであり、すでにあなたの側にあるものだからです。ことわざにあるように、買えないだけではなく、神仏から与えられるものでも、追い求めて捕まえることができるものでもありません。あなたが「これが幸せだ!」と説明したものに万人が「そうだ!」と言わないのがその証明です。  夢を追いかけ、実現させ、富や社会的名声や、望む結果を手に入れた人は幸せです。夢を実現したことで幸せを感じることができるからです。繰り返しますが、夢を実現させたから幸せを手に入れたのではありません。この場合、夢の実現は幸せを実感できた切っ掛けに過ぎません。夢の実現で幸せを手に入れたと勘違いしていると、実現したものを失った瞬間に不幸に逆戻りです。ですから、望む結果を手に入れたときだけではなく、失ったときにも幸せが揺らぐことはありません。嘆くのは失ったことをであり、見えていた幸せが見えなくなったからではありません。見えていた幸せが失ったものと一緒に見えなくなってしまったのであれば、最初から幸せは見えていなかったのです。  詭弁に聞こえますか?それでは質問を替えましょう。あなたの幸せは第三者から見えますか?あなたは自分の幸せを心で感じるだけではなく、あなたの目で見ることができますか?あなたが見ている幸せが長期間続いているのに、幸せを見出せなくなった経験がありませんか?幸せの源であるはずの愛する家族が側にいるのに、あなたの幸せが続かないのはなぜですか?職を失い、財産を失い、健康を失うことで幸せも消えてしまったのでしょうか?いいえ、違います。あなたが幸せに鈍感になっているだけのことです。幸せは変わらずあなたの側にあるのです。家族に支えられたとき、あなたは改めて幸せを実感できるかもしれませんが、あなたが実感できようができまいが、幸せは逃げも隠れもせず、じっとそこに立っています。あなたに実感してもらうために。  私があなたに催眠術をかけ、「あなたは幸せで幸せで感謝感激の状態です。私が、あなたは不幸ですと言うまであなたは何が起こっても幸せでたまらない」...

銀婚式

 今年銀婚式を迎えました(もしかしたら去年?)。結婚して満25年、交際して34年、出会ってから・・・、失念。  さて、結婚記念日を祝う風習はイギリスからもたらされたようで、日本における最初であろう有名な銀婚式は明治天皇の「大婚25年祝典」だそうです。銀婚式の次は金婚式(50周年)だから今年をしのげばと安堵したのも束の間、実は金婚式到達までの間も5年ごとに祝わなければならない仕組みになっていました。30周年は真珠婚式・象牙婚式、35周年が珊瑚婚式、40周年はルビー婚式、45周年だとサファイア婚式、50周年で金婚式、55周年でエメラルド婚式、60周年がダイヤモンド婚式(イギリス式)、75周年でプラチナ婚式(イギリス式)又はダイヤモンド婚式(アメリカ式)だそうです。妻が知らないことを祈るのみです。  しかしながら、こんな男と人生を歩む決意をされたことにつきましては、衷心より感謝申し上げる次第です。なにせ、結婚記念日は覚えていない、誕生日にプレゼントをしたことがない、だけではなく34年間でしたプレゼントは私の記憶によれば1回だけ、です。「綺麗だ」、「愛している」、「君が必要だ」、「君無しでは生きていけない」、「好きだ」などの常套句はおよそ口にしたことがありません。 それどころか、「幸せにすると約束はできない。自分を幸せにする方法すら知らないのにそんな嘘がつけるか」、「もっと他の男性とも付き合ってから僕にするかどうかを決めるべきだ」、「離婚届に自分の分を記入して君に預けておくので、僕がイヤになったら勝手に離婚してくれ」、「善人は早く死ぬからもう少し我慢してくれ」まで、およそ気分を害する言葉ばかりで口説いてきましたので、銀婚式を迎える日が来たこと自体が皆さんから見ても奇跡じゃないですか?  良妻は、しかし見事です。子供を産むたびに強くなり、今や堂々のスーパーサイヤ人3です。亭主の言動に惑わされることなく、私が未だに良妻にべた惚れしていると確信しているようです。私から離婚を申し出ることは自分でもあり得ないと思っていますので、その意味ではべた惚れだと思わせておく意味はありそうです。のろけ話に聞こえてきた方もいらっしゃるでしょうから、このへんで筆を置きます。  感謝の気持ちだけは本物ですので、お菓子を買ってください、ハニー。 結婚 関連のアマゾン情報

生存確認に代えて「膝痛講座」を一席

4年前から、老化防止にと徒歩で通勤を始めましたが、意に反して「変形性膝関節症」を患ってしまい難儀をしております。自分の利益を求めると面白いように失敗ばかりするので、さすがに懲りましたが、よもや健康増進まで裏目に出るとは予想だにせず少なからずショックでした。65歳以上の女性は4割が「変形性膝関節症」だそうですから、珍しい病気ではありませんが、変形した関節は治らないので皆さん今からご用心を。 変形性膝関節症とは、軟骨が削れて骨が歪んでしまう病気です。軟骨細胞が削れてしまう主な原因は、運動でも加齢でもなく、酸素を得られないために軟骨細胞が死んでしまうことです。軟骨細胞は酸素を得てプロテオグリカンを作り軟骨を形成していますが、酸素が得られないと酸欠状態で軟骨細胞自体が死んでしまいます。軟骨細胞が死んでできた軟骨のかけらが膝の内部を漂うと、滑膜(かつまく)を刺激して炎症を起こします。この炎症が痛みの原因です。 滑膜(かつまく)に炎症が起こると、膝内部に痛みを引き起こす化学物質サイトカインが出ます。これが生きている軟骨細胞まで殺すので、さらに痛みが増すことになります。膝痛は悪化し続け長期間悩まされるのはそのせいです。痛いので安静をモットーに治療をされる方がほとんどでしょうが、膝を動かさないでいると、血管が通っていない軟骨の軟骨細胞は酸素を得ることができず死に、それが原因で新たに削れた軟骨がさらに滑膜に炎症を起こすという悪循環を繰り返してしまいます。ですから、運動はすべきなのです。どのような運動をすべきかは、病院で相談してください。インターネットでも「膝痛対策」で検索をかけると沢山の有益な情報を得ることができますのでご利用ください。 私の場合、膝は痛い、腰も痛い、首も痛いの三重苦ですが、病院へ行くタイミングを逃してばかりです。長期の療養もいいなと思い始めているので治療に消極的な側面もあります。仕事が忙しい時期に倒れたことがないというジンクスもまだ健在です。以上を総合すると、年内は倒れないという結論になります。 「えっ?説得力が皆無ですって?」 お後がよろしいようで。 痛み 関連のアマゾン情報

七転び八起きの若者たちへ、そして皆さんへ

 息子二人が思春期の頃、彼らに宛ててメッセージを残そうと「七転び八起きの若者たちへ」というタイトルの掲示板(=ブログ)を設置しました。あれから5年近くの歳月が流れましたが、彼らは、未だにこの掲示板の存在を知らない様子なので、改めてこのサイトに投稿することにしました。今度こそ、目にとまることを、心にとまることを願いつつ・・・。  人は転ぶ生き物です。特に、人生という道ではよく転ぶようです。あなたのおじいちゃんやおばあちゃん、両親、そしてお兄さんやお姉さんは、転んだ数だけ起きあがって、人生を歩んでいる強い人たちです。転んだ直後は苦痛でのたうち回り、傷が癒えない間はびっこを引きながら、それでも人生を歩んできた人たちなのです。そのことを忘れないでください。なぜなら、あなたが転んだとき、苦痛でのたうち回るとき、傷が癒えずに歩けないとき、予備校化した学校や教科書では学ぶことのできない「人生での起きあがり方」を彼らが教えてくれるからです。あなたより先に生まれた人々は皆あなたの先生です。特に、あなたに愛情を持って接してくれる先生は、あなたの頭にではなく、あなたの足に「人生の歩み方」を教えてくれます。あなたへの愛情が彼らを気力と根気を兼ね備えたカリスマ教師にしているからです。  不幸なことに、身近にカリスマ教師がいない場合はどうしたらいいのでしょうか。あなたが学生なら、学校のボランティアクラブにお入りください。学生でないなら、ボランティア団体や地域のNPO(非営利組織)の手伝いをしてください。そこで知り合える内外の人々は、多くの場合、優秀なカリスマ教師です。他人の世話までやける人は、人を背負っても転ばない強靱な足腰の持ち主ですから、優秀なインストラクターと同じです。あなたが強靱な足腰を手に入れるまで懇切丁寧に教えてくれます。「それはちょっと・・・」とお思いの方こそ良い機会ですからぜひお試しください。他人と関わらなければ、幸せな人生なんて一生来ないのですから。  しかし、小学校低学年以下の子供達には有効な手立てが私にもありません。本来ならば、家庭の足りないところを学校や地域や行政が補うはずの教育制度にご登場いただくところですが、未だに詰め込み教育の愚行から抜け出せない現状の教育制度では明らかに役不足です。誰かに育ててもらわなければ、人は健全に成長できません。誰かに愛されなければ人は生き...

不満があるなら、まず自分を変えることです

この4年間、毎日のように悪寒、吐き気、アレルギー性鼻炎、じんましん、膝痛(変形性膝関節症)、腰痛、頸椎痛(ヘルニア)、肋間神経痛(もしかしたら狭心症)、腱鞘炎(手首の炎症)、後頭部の鈍痛、めまいに悩まされています。これだけあれば立派に病気だと思いますが、体を引き摺るように仕事には行っています。夕方は、調子が良ければ6キロの道程を歩いて帰宅します。食事は人並みに摂っています。帰宅後はパソコンに向かっているか、ギターを弾いているか、テレビを観ています。寝るのは午前2時前後、起床は7時過ぎです。 職場では、職員の意識改革、業務改革、組織改革の毎日です。課内では課長、係長のピラミッド組織を事実上廃止しています。全員で全業務を、担当を固定せずやっています。流行のプロジェクト方式です。適任者がリーダーとなり、全員を人材として活用しています。私も便利にこき使われています。しかし、人は簡単に変われません。「課長どうしましょう?」とリーダーが伺いを立ててくると、逆に「リーダーはどうした方がいいと思いますか?」と聞き返します。いずれ課長になってもらわなければならない人材ばかりですので、プロジェクト方式は不可欠なのです。 業務を計画する場合、まず予算を確保しないやり方を模索します。具体的には、国や民間にスポンサーになってもらうやり方です。国のメニューでは「実証実験事業の公募」がありますし、民間にはビジネスモデルを民間企業に売り込んでの共同研究や共同開発の手法があります。ですから、業務の構築は多くの自治体のように消去法ではありません。予定していた業務成果を得るために、人や金や時間の不足は知恵と行動と支援で補うようにしています。妥協をしないという強い意志が大事な意識改革なのです。最近では、法的な障害があっても関係省庁との調整で何とか解消できるのではと考えるまでに、職員の意識も変わってきています。 行政の目的は何か、成果をどう測るのかという意識改革も進んでいます。住民福祉の実施だけではなく、その向上策をも立案し実現させることが目的であり、住民の評価こそが成果を測る唯一のものさしであるという意識改革です。政策の立案部門は、政策の実施部門に評価されてこそ存在意義があるとの認識も浸透してきました。現場に評価されない頭脳集団は、存在自体が許されないことを肝に銘じるべきでしょう。したがって、何よりも必要...

1月4日は人間ドックがお薦め

12月の忘年会から正月三が日まで、長期間の暴飲暴食を繰り返した後に即人間ドックを受診することをお薦めします。生活習慣が最悪の状態ですから悪いところが出やすいのです。早期発見が早期完治の大前提ですので、早期発見にこれほどの好機は他にはありません。 私も順調に壊れてきており、微小脳梗塞(=脳の一部が死んでいること)が5箇所、頸動脈に軽度の動脈硬化(=首の動脈が狭くなっていること)が左右一箇所ずつ、胃にポリープが5個あり2個を生体検査へ、肝臓に水疱、骨密度がぎりぎりセーフなどなど、医師の説明も15分以上拝聴させられました。 「来年も脳ドック併用の検査を受けてください。」 と医者に言われ、 「糖分は減らすから。」 と宣告する良妻の言葉に力なくうなずき、帰宅しました。 病気にならないための検査や、予防のための食生活等生活習慣の改善は大事なことですが、不幸にして病気になったときの備えも必要です。公的な医療保険だけでは医療費の負担を賄えませんので、民間の保険にも加入しておくことをお薦めします。自分の精神的なケアをどうするのかも大事です。「なぜ自分だけが・・・」と嘆くことになる前に、先人から多くを学ぶべきです。老化と病は誰も避けて通れない宿命だと覚悟しておいた方が得策です。逃げては負け=死ですが、闘ったら勝つ=完治かもしれません。病は気から、病は気で治すともいいますから。 そういえば、視力は良くなっていました。老眼が進行している代償でしょうか。いずれにしても、一喜一憂するより対策を立てて実践することです、ね。 人間ドック 関連のアマゾン情報

子猫物語

2007年12月30日の夕方、娘が我が家の駐車場に迷い込んだ子猫を見つけ、懐で暖めていました。私も二男も喘息持ちで、姪の1歳の双子もよく遊びに来るので、 「家の中でペットは飼えない。どうしても飼いたければどこかの空き地に段ボール箱でもおいて飼え。」 と反対したところ、娘は翌日実力行使に踏み切り、ペットの移動用飼育箱を買ってきて駐車場で子猫を飼い始めました。 元旦の今日、野良犬が子猫を追い回していたらしく、娘が玄関に腰をかけて子猫を抱いていました。私は、 「家に入れるな。万一誰かが病気になったら困るから。飼うということは、子猫の一生に責任を持つということだ。家で飼いたければまずお前が経済的に独立しろ。それまでは、子猫と一緒に寒空の下で同じ時間を過ごせ。」 と一喝しました。自分の部屋から出さないという娘に、 「お父さんも家族の健康に責任がある。万一でもあってからでは取り返しがつかない。他の命に関わるということは自分を犠牲にすることだ。自分の時間と労力とお金を犠牲にして責任を持って子猫を飼いなさい。」 と諭しました。 「遠いところに一緒に捨てに行こう。」 と娘が言うので、 「関わりを持ったからには死ぬまで責任を持って飼いなさい。都合のいいときだけ世話をするというのは子猫を不幸にするだけだ。」 と叱りました。娘が、立ち上がって玄関から外に出ようとしたところ、状況を察した子猫はいきなり娘から飛び降り家の中に駆け込んできました。私は足で子猫を払いのけ玄関に押し返しました。子猫は私を避けるように左右から何度も突入してきましたが、そのたびに私が足で払いのけるので、最後は靴箱の下に潜り込んでしまいました。子猫の行動に娘は泣きながら何度も制止しようとしていました。 「つかの間の暖かさは、これからの多くを外の寒さの中で生きなければならない子猫にとってもかわいそうなことだ。どうしても飼いたければ、お前も一緒になって寒空の下で子猫を守れ。」 娘は、この言葉を背中で聞きながら子猫と家を出て行きました。パニックになりやすい性格なので発作的な行動を心配しつつ、覚悟を決めて待つことにしました。子育ては親も子も命がけです。命よりも大事なものがあることを知らない親には受け入れられない方法でしょうが、これを悟れない限り、最悪の場合子供が自らの手で自らの命を絶ってしまう子育てになりかねないと私は痛感していま...