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七転び八起きの若者たちへ、そして皆さんへ

 息子二人が思春期の頃、彼らに宛ててメッセージを残そうと「七転び八起きの若者たちへ」というタイトルの掲示板(=ブログ)を設置しました。あれから5年近くの歳月が流れましたが、彼らは、未だにこの掲示板の存在を知らない様子なので、改めてこのサイトに投稿することにしました。今度こそ、目にとまることを、心にとまることを願いつつ・・・。


 人は転ぶ生き物です。特に、人生という道ではよく転ぶようです。あなたのおじいちゃんやおばあちゃん、両親、そしてお兄さんやお姉さんは、転んだ数だけ起きあがって、人生を歩んでいる強い人たちです。転んだ直後は苦痛でのたうち回り、傷が癒えない間はびっこを引きながら、それでも人生を歩んできた人たちなのです。そのことを忘れないでください。なぜなら、あなたが転んだとき、苦痛でのたうち回るとき、傷が癒えずに歩けないとき、予備校化した学校や教科書では学ぶことのできない「人生での起きあがり方」を彼らが教えてくれるからです。あなたより先に生まれた人々は皆あなたの先生です。特に、あなたに愛情を持って接してくれる先生は、あなたの頭にではなく、あなたの足に「人生の歩み方」を教えてくれます。あなたへの愛情が彼らを気力と根気を兼ね備えたカリスマ教師にしているからです。


 不幸なことに、身近にカリスマ教師がいない場合はどうしたらいいのでしょうか。あなたが学生なら、学校のボランティアクラブにお入りください。学生でないなら、ボランティア団体や地域のNPO(非営利組織)の手伝いをしてください。そこで知り合える内外の人々は、多くの場合、優秀なカリスマ教師です。他人の世話までやける人は、人を背負っても転ばない強靱な足腰の持ち主ですから、優秀なインストラクターと同じです。あなたが強靱な足腰を手に入れるまで懇切丁寧に教えてくれます。「それはちょっと・・・」とお思いの方こそ良い機会ですからぜひお試しください。他人と関わらなければ、幸せな人生なんて一生来ないのですから。
 しかし、小学校低学年以下の子供達には有効な手立てが私にもありません。本来ならば、家庭の足りないところを学校や地域や行政が補うはずの教育制度にご登場いただくところですが、未だに詰め込み教育の愚行から抜け出せない現状の教育制度では明らかに役不足です。誰かに育ててもらわなければ、人は健全に成長できません。誰かに愛されなければ人は生きていけません。親のような深い愛情である必要はありません。本人に孤独感がなければいいのです。この程度の汗は現行の教育制度でも容易いことです。汗をかくことを嫌う教育関係者が余りにも多すぎるので実現できていないだけなのです。

 両親がいても孤独に生きる子供が増えています。虐待だけでなく、平穏な家庭でも増えています。あなたが、子供が何を考えているのかわからない親、子供の意見を尊重せず命令ばかりする親、子供の相談相手をやれていない親のどれかに当てはまるのであれば、あなたは子供を教育してはいません。「勉強しろ」ではなく、勉強の大変さとその克服方を体験者として子供に教えていますか。汗をかかずに子供は育ちませんし、信頼関係も深まりません。教育制度と同じ過ちを犯さないでください。


 しかし、社会的には、親が改めれば改善できるという時期をすでに失っています。人生で転んでも、転んだという自覚のない人が増えているのです。慢性的な愛情不足と長期の孤独感を苦にしなくなった世代の出現です。「幸福追求権なんていらない。今をまったり過ごせればいい」とする世代です。転んだ状態が続くと、遊びとか食事とか自分の欲望をひとつずつ捨てていかなければならなくなるので、多くの人が耐えられずに起きあがる場面でも、睡眠欲と食欲が満たされている限りにおいて彼らは起きあがろうとしません。求める前に諦める術だけを会得させられてしまった世代なのです。これは単純な思考回路=価値観のなせるワザでもあります。


 ですから、彼らのエネルギーはある日突然光を求めてマグマのように噴火します。自殺であったり、犯罪であったり、発狂したりです。発狂寸前まで自覚症状の出ない世代が増え続けるとどうなるか。社会が、やがては国がある日突然発狂することになります。手短な予想では、気候変動による国民生活の困窮が飲料水の枯渇等で急激に悪化すれば、他国との経済摩擦を解決するために、武力の行使を直感的に選択する事態に我が国も直面します。戦争のあったことは教えてきたけれど、戦争を体験した人々の悲しみや辛さを教えてこなかった戦後教育の抜本的な誤りが、忍耐や夢を実現させる幸せを体験させてこなかった教育手法の抜本的な誤りがこういう形で現れるのが今世紀の日本なのです。


「かつて、この島には日本という、今のロボット産業の基礎を築いた国があった。しかし、急速な老化による世代交代で困窮した国民の多くがその技術と共に他国に去ってしまったため、国としての機能を失い、・・・。」と、ならないように軌道修正したいです、ね。皆さん、頑張ってください。私は遠慮します。なにしろ「慢性的な愛情不足と長期の孤独感を苦にしなくなった人間」のひとりなので(冗談です)。


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